広尾のぶらり街歩き
2024年7月、サイトのリニューアルに伴い加筆修正しました。
このブログは「広尾のぶらり街歩き」です。
ブログ「広尾 麻布 六本木の歴史街歩きウォーキング 概要編」からの続きですので、参照してください。
広尾駅からスタートして、一旦、祥雲寺によってから南部坂の有栖川宮記念公園へ向かいます。その後、中国大使館を経て六本木ヒルズまで歩きます。
訪れた史跡は…
- 祥雲寺 黒田長政の墓
- 日本基督教団 麻布南部坂教会
- 有栖川宮記念公園 有栖川宮熾仁騎馬像
- 乃木大將生誕之地
- 毛利甲斐守邸跡 岡島八十右衛門常樹ら十士切腹
祥雲寺 黒田長政の墓
黒田長政は安土桃山から江戸時代初期に かけて活躍した武将で、秀吉の参謀であ った軍師黒田官兵衛の子です。
黒田長政の子である筑前福岡藩主黒田忠之が、黒田藩赤坂江戸中屋敷内に長政を弔うために祥雲寺を建立し、後に火災などもあり現在の広尾に移転されました。長政は徳川家康の養女を側室として迎えたため徳川家とは姻戚関係になり、松平家の家名を与えられるなど、外様大名としては格別の扱いを受けていたようです。
Pic.祥雲寺
Pic.黒田長政の墓
Pic.黒田長政の墓
祥雲寺から広尾駅へ戻り、南部坂の有栖川宮記念公園へ向かいます。
Pic.南部坂
日本基督教団 麻布南部坂教会
竣工は1924年(大正13年)の近代レトロ建築。設計は宣教師として来日したヴォーリズ。メンソレータムの近江兄弟社を設立した人です。坂道という立地を活かし、坂下からは礼拝堂の大きなアーチを望むことができます。…肝心のアーチの写真が抜けていました。悪しからず。
Pic.麻布南部坂教会
Pic.麻布南部坂教会
その隣はドイツ大使館です。坂道から少し奥に入った場所に配置されたことで、シンプルさ、新しさが際立っていて質実剛健なデザインです。奥には広大な庭園があるはずですが、通り側からは全く存在すれ窺い知れません。
Pic.ドイツ大使館
有栖川宮記念公園 有栖川宮熾仁騎馬像
この地は盛岡南部藩下屋敷で、1896年(明治29年)に有栖川宮威仁親王の御用地となりました。安政の条約の際に攘夷論を主張。戊辰戦争では東征大総督、会津征討大総督、西南戦争でも征討総督とな利ました。この騎馬像は明治36年に陸軍参謀本部(現在の国会の位置)の構内に建てられ、昭和37年にゆかりの地に移設されました。
Pic.有栖川宮熾仁騎馬像
Pic.有栖川宮熾仁騎馬像
乃木大將生誕之地
日露戦争で第3軍司令官として旅順攻略に成功し、のち学習院長などを歴任した乃木希典は1849年(嘉永2年)、長府藩上屋敷(毛利甲斐守邸跡、現六本木ヒルズ)に生まれました。碑は昭和7年に建立されましたが、六本木ヒルズ周辺の再開発によりここに移設されました。
Pic.乃木大將生誕之地の碑
毛利庭園 毛利甲斐守邸跡 岡島八十右衛門常樹ら十士切腹の地
現在は毛利庭園となっています。この地は江戸の末まで毛利甲斐守邸がありました。赤穂事件では吉良義央邸に討ち入った赤穂浪士の岡嶋八十右衛門ら10人がお預けになり、1703年(元禄16年)屋敷で切腹しました。また乃木大将誕生の地でもあり、藩邸の侍屋敷で生まれ幼年期を過ごしました。
Pic.毛利甲斐守邸跡の碑
Pic.毛利甲斐守邸跡の碑
六本木ヒルズから、戻る形で麻布十番、元麻布へ向かいます。「麻布十番のぶらり街歩き」へ続きます。