東京レトロ街歩きガイド&マップ

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Th-06 本郷の文芸人の足跡

本郷は旧帝国大学(東京大学)がおかれて文教の街として栄え、多くの知識人や文化人が集まりました。 明治から昭和にかけて本郷一帯には夏目漱石、坪内逍遥、樋口一葉、徳田秋声、二葉亭四迷、正岡子規、宮沢賢治、川端康成、石川啄木など多くの文芸人が居を構え、後世に残る優れた作品を多数残しました。

主なポイント抜粋

法真寺(桜木の宿) 一葉塚と一葉像
一葉は4歳から5年間を過ごしました。後年「桜木の宿」として回想する幸福な時でした。一葉塚と像があります。

石川啄木旧居・喜之床跡
北海道を点々とした啄木は、1908年(明治41)上京してから赤心館、蓋平館の後に、床屋(喜之床)の六畳二間の間借り生活を始めました。現在、理容アライがあります。

本郷菊富士ホテル跡
大正3年に開業し、宇野千代、尾崎士郎、坂口安吾、谷崎潤一郎、大杉栄、竹久夢二など多くの文士や政治家、学者などが滞在しました。

赤心館跡(石川啄木・金田一京介旧居)
明治41年に石川啄木が京助を頼って上京し、最初に京助と同宿したのが赤心館です。同郷で親友であり、精神面や金銭面で多大な援助を受けていました。

宮沢賢治の下宿跡 (旧稲垣邸)
賢治はこの稲垣家のうなぎの寝床のような四畳一間に下宿していました。 ここで「注文の多い料理店」が書かれました。

樋口一葉菊坂旧居跡
24年間の短い生涯のうちの父の死後の3年ほどを母と妹を養いながらこの路地裏に住んでいました。一葉も使ったという井戸は当時のまま残っています。

金田一京助・春彦の旧居跡
金田一京助、長男の春彦は明治から現在まで代表する言語学者の親子です。春彦はここで生まれました。大正時代に住んでいた旧居が現存しています。

旧伊勢屋質店(菊坂跡見塾)
一葉が通った伊勢屋質店があります。現在は廃業していますが、土蔵はそのまま残り、当時を偲ばせます。

鳳明館 本館
昭和初期の木造2階建の近代和風建築の下宿屋兼旅館。名だたる文豪や手塚治虫までが缶詰にされて原稿を書いていたといいます。

徳田秋声旧宅
自然主義文学の巨匠徳田秋声の旧宅。金沢から上京後、明治38年から没するまでこの地に住んでいました。現存していて、現在親族が居住中です。

旧太栄館(石川啄木旧宅・蓋平館別荘跡)
明治41年に石川啄木が金田一京助の世話で、喜之床に移る前の9ヶ月に渡り投宿しました(当時は蓋平館)。現在は取り壊されて痕跡は残っていません。

樋口一葉終焉の地
明治27年、23才の時に引越してきました。「たけくらべ」「にごりえ」などを精力的に発表しましたが、明治29年に24才で亡くなりました。現在は一葉終焉の地として記念碑がたてられています。

島木赤彦旧居・いろは館跡
大正4年島木赤彦はいろは館に下宿し、大正9年ごろから「アララギ」の編集に専念しました。また童謡を作り多くの人から愛唱されています。

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