東京街歩きコース内容

東京街歩き 119散歩コース&マップの詳細内容

B-7-04 震災戦災慰霊と遺構-4 山の手

山の手の震災、空襲による戦災の慰霊の碑を訪ねるとともに、その遺構を探訪します。

千鳥ケ淵戦没者墓苑と高射機関銃の台座はブログ「江戸城を極める 千鳥ヶ淵から半蔵門へ」の実際の街歩きレポートに収録されていますので、是非参照してください。リンクをクリックすると別ウインドーで開きます。

主な史跡抜粋

榮松院の空襲戦災のシイ
推定樹齢650年。焼夷弾数発の直撃を受け、火は一昼夜燃えつづけて自然消失したといいます。その後に再生しました。

光圓寺の空襲戦災イチョウ
樹齢も1000年を超える古木で、東京大空襲で上部が焼夷弾の直撃で焼失。幹の内部も炭化空洞化しましたが、焼け残った部分から新しい枝葉を伸ばしています。

源覚寺
特攻隊慰霊碑
汎太平洋の鐘
南洋群島平和慰霊像
この鐘は戦中、サイパン島の南洋寺に移されました。日本軍は玉砕し行方不明になり、戦後米国テキサス州で発見され返還されました。当時に激戦の弾痕が残っています。

東京都戦没者霊苑
太平洋戦争における東京都の戦没者16万余りの霊が祀られています。戦没日本兵の遺品展示室があります。礫川公園一帯には、かつて陸軍砲兵工科学校、旧東京砲兵工廠射撃場の陸軍施設がありました。コースB-5-02軍都東京-2 文京 新宿で詳しく訪れます。

東京ドーム プロ野球選手たちの鎮魂碑
戦死されたプロ野球関係者の鎮魂の碑と中等学校・大学・社会人野球の選手の方々の慰霊モニュメントがあります。

空襲で焼けた黒ずみの石灯籠
和をのぞむ追悼碑
山の手大空襲で明治神宮創建時に建立された石灯籠も炎に包まれ、周囲は遺体で埋め尽くされたといいます。

善光寺 戦災殉難者諸精霊供養塔
山の手大空襲の犠牲者の供養塔が昭和41年に建立。横には陸軍経理学校生徒隊慰霊碑もあり、帝国陸軍のシンボル、金色の五芒星が輝いています。

高射機関銃の台座
九八式高射機関砲の台座が7基残っています。昭和19年に設置され、B29に対して使用されましたが、弾は届かず全く効果がなかったといいます。

千鳥ケ淵戦没者墓苑
日本の軍人、軍属、民間人の遺骨のうち、身元不明や引き取り手のない無名戦没者の墓です。特定の宗教宗派に属さない施設とされています。六角堂の中央部の地下には主な戦域ごとに本土周辺、満州、中国、フィリピン、東南アジア、太平洋・ソ連の6部屋に分けた納骨室が設けられています。

靖国神社
濠北方面戦没者慰霊碑
出征を見送る家族の像
常陸丸殉難記念碑
田中支隊忠魂碑
戦災殉難者諸精霊供養塔
明治天皇の勅令によって明治2年(1869年)に建てられた招魂社に起源を発し、国家ために殉難した人の霊(英霊) 246万6千余柱を祀る国家神道の代表的施設です。

遊就館(有料)
特攻勇士の像
軍犬慰霊像
パール博士顕彰碑
靖国神社の施設として、戦没者や軍事関係の資料を収蔵・展示しています。1882年(明治15年)に開館した日本における最初で最古の軍事博物館と言えます。

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CATEGORIES

B:明治から昭和初期の東京

コース経路

Start三田線白山駅A2 →→三田線水道橋駅A5→→半蔵門線表参道駅B4→→半蔵門線表参道駅B4→→半蔵門線半蔵門駅4→→End東西線九段下駅1

ウォーキング距離と歩数

12km 18500歩