東京街歩きコース内容

東京街歩き 119散歩コース&マップの詳細内容

B-7-01 震災戦災慰霊と遺構-1 隅田

関東大震災の死者は、当時の東京府市合わせて7万人を超えるといわれています。特に下町各所で火災が発生し、特に被服廠跡には強風にあおられた炎が四方から迫り、この地だけで避難してきた3万8千人もの尊い命が失われました。

このあと東京は大震災から見事に復興を果たしたかに見えましたが、それもつかの間、太平洋戦争の火ぶたが切られ空襲による都内犠牲者の数は10万人をはるかに超えています。その中でも1945年(昭和20年)3月10日未明の東京大空襲は、下町地域に大きな被害をもたらしました。震災、空襲による戦災の慰霊の碑を訪ねるとともに、その遺構を探訪します。

主な史跡抜粋

普門院 戦災殉難者供養之碑
昭和21年の建立。太平洋戦争の東京空襲における戦災殉難者の慰霊顕彰です。

本所警察署 大震火災殉職の碑
昭和59年の建立。関東大震災と東京大空襲で殉職した警察官を慰霊しています。

法恩寺 戦災殉難者供養之碑
昭和20年の建立。昭和20年3月の東京大空襲における地域の戦災殉難者の慰霊顕彰です。

大震災遭難者追悼碑
昭和9年の建立。関東大震災で横川橋付近で焼死した3600人余りの人々を追悼しています。

能勢妙見山別院
大震火災遭難者追悼之碑
戦災殉難諸精霊供養之碑
昭和6年に震災、昭和36年に戦災の碑が建立されました。

東京大空襲で焼け残った電柱
昭和20年3月10日の東京大空襲のさなかで辛うじて焼け残った電柱が現存。なぜ残っているかの方が驚きです。

旧墨田電話局 慰霊碑
東京大空襲のさなか、最後まで電話交換の職務を遂行した殉職者を慰霊。10代、20代の女子交換手28名と男子職員3名を慰霊しています。

長応院 親子地蔵尊
昭和30年の建立。昭和20年3月の東京大空襲における戦災殉難者を慰霊。

長応院 親子地蔵尊
東京都慰霊堂
復興記念館
空襲犠牲者を追悼し平和を祈念する碑
横網町公園は陸軍被服廠のあった所で、跡地の公園整備中に関東大震災が発生しました。避難してきた人達は巨大な火災旋風に巻き込まれ、死者は38,000人に上りました。震災の惨禍を物語る多くの遺品や資料や東京大空襲などの戦災関係資料も保存・展示しています。慰霊堂は関東大震災の身元不明の遺骨を納め、死亡者の霊を祀る震災記念堂として創建されました。1948年より東京大空襲の身元不明の遺骨も納め、合祀しています。

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CATEGORIES

B:明治から昭和初期の東京

コース経路

Start JR亀戸駅北口→→End大江戸線両国駅A1

ウォーキング距離と歩数

10km 15400歩