東京街歩きコース内容

東京街歩き 119散歩コース&マップの詳細内容

B-5-03 軍都東京-3 板橋 十条

かつて東京にあった軍施設の面積は世界でも類を見ないほどで、まさに軍都東京でした。

明治44年に小石川から十条へ火具製造所が移転され、太平洋戦争中には十条に東京第一陸軍造 兵廠、板橋に東京第二陸軍造兵廠がおかれて小銃などの小型の弾丸、火薬が製造されていました。赤羽にあった陸軍被服本廠と合わせて一帯は広大な軍事工場地帯でした。終戦後、一造本部はアメリカ軍に接収され1968年(昭和43年)からキャンプ王子となりました。今日、軍施設は消滅し、文教地区や公園などのランドマーク的施設になっていますが、随所に残っている軍都の痕跡を探索します。

主な史跡抜粋

陸軍砲兵本厰 板橋火薬製造所
発射管の標的(射垜)
弾道検査管
燃焼実験室
付帯試験室
電気軌道トロッコ線路跡
1876年(明治9年)に加賀藩江戸下屋敷の広大な跡地に石神井川の水力を利用した火薬工場が発足、1940年(昭和15年)東京第二陸軍造兵廠に改編されました。板橋火薬製造所跡の加賀公園は2025年度完成の予定で史跡公園化の工事中です。現況を確認してください。

圧磨機 圧輪
実際に石神井川の水を利用して火薬製造に使用されていた実物で、1922年(大正11年)に陸軍省が設置したものです。
陸軍の星マーク消火栓 (道路から見えます)
金沢小学校の校庭隅に当時の陸軍の消火栓が残っています。
二造建物のモニュメント
レンガパークに陸軍板橋火薬製造所の大正期の煉瓦造建屋の一部をモニュメントとして保存してあります。

二造時代の建物 (6棟~)
二造で使用された煉瓦造の建物が数棟現存しており、モルタル塗りされていますが一部は現在も使われています。

造兵廠トロッコ線路跡
往時の軍用鉄道(トロッコ)跨線橋の台座跡が埼京線にかかる十条台橋から見えます。1905年(明治38年)に軌道敷設時に建設された跨線橋跡です。

東京第一陸軍造兵廠の塀
十条富士見中学校と埼京線の間、線路際の一見コンクリートの壁は電車からの視線を遮る一造時代のレンガ壁でした。モルタルの下はレンガ壁です。

十条駐屯地 正門のレンガ
三角屋根レンガモニュメント
一造は大正期にかけて建設された赤煉瓦建築物が50棟以上連なっていました。十条駐屯地の正門は一造の煉瓦倉庫の煉瓦を再利用して建築されました。モニュメントは1918年(大正7年)変圧所として建設された254号建物の一部を利用し作られたものです。

造兵廠の殉職慰霊碑
陸軍造兵廠東京工廠職員殉職者を祀る慰霊碑です。細部は不明で、裏面の碑文等刻印は全て削られて消去されています。

第一造兵廠の復元建物
1919年(大正8年)竣工の一造の赤レンガ倉庫275号棟を北区中央図書館として復元、2008年に保存、再活用しています。

第一造兵廠本部建物(旧王子キャンプ)
1930年(昭和5年)竣工。当初は茶のタイルでしたが、戦後に米軍が接収しキャンプ王子となり、白く塗ってしまったといいます。ベトナム戦争の米軍王子野戦病 院が開設されたのは有名です。

通称憲兵小屋
このコンクリートの建屋は「憲兵詰所」の遺構とされています。真偽は不明で、十条の東京第一陸軍造兵廠と滝野川の分工場を結ぶ道沿いにあたります。

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CATEGORIES

B:明治から昭和初期の東京

コース経路

Start三田線新板橋駅A1 →→End三田線新板橋駅A1

ウォーキング距離と歩数

10km 15400歩