東京街歩きコース内容

東京街歩き 119散歩コース&マップの詳細内容

B-2-10 染井に眠る文芸人たち 二葉亭四迷 芥川龍之介ほか

二葉亭四迷 芥川龍之介 谷崎潤一郎
奇しくも同じ染井霊園に眠る3人の文芸人に焦点を合わせ、東京での足跡を辿りながら雑司ヶ谷に墓所を訪ねます。

主な史跡抜粋

二葉亭四迷旧宅跡
二葉亭四迷が1880年(明治13)年から1年間、東京外国語学校ロシア語科に入学し寄宿舎に入るまで過ごしたところで、父の実家である水野邸が建っていました。

芥川龍之介生誕の地
明治25年、乳牛牧場の経営者の長男として生まれました。龍之介は生誕7ヶ月にして、家庭の事情から母の長兄芥川家に引き取られて両国に移りました。

谷崎潤一郎生誕の地
谷崎潤一郎は明治19年活版印刷所を経営する父の長男として生まれました。その会社は経営不振のため潤一郎が3歳のときに売却されたといいます。

芥川龍之介生育の地
築地で生まれ、生後7ヶ月で母の長兄、芥川家に引き取られ両国に移りました。13歳の時には芥川家の養子となりました。明治43年、19歳で新宿に移転するまで過ごした両国界隈は、龍之介の精神的風土を形成したといいます。

芥川龍之介文学碑
龍之介の出身校である現在の両国小学校の片隅に碑が建てられました。龍之介の自署と児童文学の「杜子春」の一節が刻まれています。

芥川龍之介旧居跡
龍之介は大正3年から昭和2年までの約13年間、この地に住みました。この間「羅生門」「鼻」「河童」「歯車」などを執筆しました。

芥川龍之介旧居跡
龍之介は大正3年から昭和2年までの約13年間、この地に住みました。この間「羅生門」「鼻」「河童」「歯車」などを執筆しました。

染井霊園及び周辺
二葉亭四迷の墓所
本名「長谷川辰之助」の墓碑 1864~1909年(明治42)、46歳で死去 言文一致体の日本近代小説の開祖
芥川龍之介の墓所
1892~1927年(昭和2)、36歳で死去 夏目漱石を終生尊敬 晩年は精神障害が作品にも現れ自殺
谷崎潤一郎の墓所 (分骨)
1886~1965年(昭和40)、80歳で死去 耽美主義、マゾヒズム、江戸への憧れ (芥川龍之介の墓のすぐ後ろにあります)

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CATEGORIES

B:明治から昭和初期の東京

コース経路

Start丸の内線四谷駅2→→丸の内線四谷駅2→→日比谷線築地駅3a →→日比谷線築地駅3a→→日比谷線人形町駅A2→→JR両国駅西口→→JR田端駅南口→→End JR巣鴨駅北口

ウォーキング距離と歩数

10km 15400歩