東京街歩きコース内容

東京街歩き 119散歩コース&マップの詳細内容

B-2-05 文芸人の足跡-5 樋口一葉

樋口一葉は1872年(明治5年)に生まれて裕福な子ども時代を過ごし、14歳のとき中島歌子の歌塾「萩の舎」に弟子入りしました。しかし一葉が17歳のとき借金を抱えた父親が病死して生活に困窮し始め、居所も本郷菊坂に移しました。一葉は小説家として生計を立てようと志し、小説記者半井桃水に入門。また生活苦のため下谷で雑貨店を開いたりしました。

再び本郷に転居し、1894年「大つごもり」を、翌年から「たけくらべ」を連載し鴎外、露伴らに絶賛され、「奇跡の1年」といわれています。しかし1896年(明治29年)には結核は急速に悪化、24歳という若さで急逝しました。憑かれたように名作を世に出した一葉の薄幸、早世の足跡を辿ります。

主な史跡抜粋

樋口一葉生誕地
一葉は、1872年(明治5年)に東京府構内の武家長屋で、東京府警視庁の役人(同心)の次女として生まれました。

千束稲荷神社 樋口一葉像
「たけくらべ」での美登利と長吉が喧嘩する祭りのシーンは千束稲荷神社の例祭がモデルになっているとされています。境内には樋口一葉の胸像と文学碑が建立されています。

一葉記念館(有料)
樋口一葉たけくらべ記念碑
記念館前の一葉公園には「一葉女史たけくらべ記念碑」が建立されています。

樋口一葉旧居跡
17歳にして父を亡くした一葉は竜泉寺町の荒物駄菓子店を営みながら家族を養いました。「たけくらべ」はこの地を舞台とした恋心が描かれています。

鷲神社 樋口一葉文学碑
「たけくらべ」の鷲神社酉の市の描写が記されています。また、樋口一葉玉梓乃碑は、半井桃水に宛てた書簡文です。

法真寺(桜木の宿)
一葉塚と一葉像
一葉は4歳から5年間を過ごしました。後年「桜木の宿」として回想する幸福な時でした。一葉塚と像があります。

樋口一葉菊坂旧居跡
24年間の短い生涯のうちの父の死後の3年ほどを母と妹を養いながらこの路地裏に住んでいました。一葉も使ったという井戸は当時のまま残っています。

樋口一葉終焉の地
明治27年、23才の時に引越してきました。「たけくらべ」「にごりえ」などを精力的に発表しましたが、明治29年に24才で亡くなりました。現在は一葉終焉の地として記念碑がたてられています。

築地本願寺 和田堀廟所
樋口一葉の墓所
「奇跡の1年」といわれ名作を次々と世に出した翌年、1896年(明治29年)に結核により24歳で急逝しました。

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CATEGORIES

B:明治から昭和初期の東京

コース経路

Start JR新橋駅銀座口→→JR新橋駅銀座口→→日比谷線三ノ輪駅1b→→日比谷線入谷駅3→→大江戸線本郷三丁目駅 3→→三田線春日駅A6→→京王線明大前駅 →→End京王線明大前駅

ウォーキング距離と歩数

9km 13800歩