東京街歩きコース内容

東京街歩き 119散歩コース&マップの詳細内容

B-2-01 文芸人の足跡 -1江戸の文芸人 滝沢馬琴

滝沢馬琴は江戸時代後期の読本作者。代表作は「椿説弓張月」「南総里見八犬伝」。 南総里見八犬伝の執筆には1814年から28年を費やしました。ほとんど原稿料のみで生計を営むことのできた日本で最初の著述家でした。滝沢馬琴の名は明治以降に流布した表記で、ペンネームが曲亭馬琴、本名は滝沢興邦が正確のようです。

江戸深川の武士の家に生まれ、幼いときから文芸に親しみ、30歳の頃より創作活動を始めました。73歳で失明しながらも口述筆記を続け、1848年(嘉永元年)、82歳で死去しました。日本のシェークスピアともいわれた滝沢馬琴の江戸での足跡を巡ります。

主な史跡抜粋

滝沢馬琴生誕地
1767年(明治4年)、この地にあった旗本松平信成邸内で生まれました。父は信成の家臣でした。モニュメントは馬琴の著作を型取っています。

青雲寺 滝沢馬琴筆塚の碑
南総里見八犬伝を記念して、1809年(文化6)に建てられた筆塚、硯の形の硯塚があります。

滝沢馬琴住居跡
1824年(文政7年)から12年間、信濃町に転居するまでこの地に居住しました。案内板のみあります。

滝沢馬琴宅跡の井戸
滝沢馬琴邸跡にゆかりのある井戸が残っています。この井戸で馬琴が硯に水を汲み筆を洗っていたことから「硯の井戸」と呼ばれます。

滝沢馬琴終焉の地
73歳で馬琴は失明しながらも傾城水滸伝や近世説美少年録の執筆を続けましたが、完結しないまま、1848年(嘉永元年)、82歳で死去しました。

深光寺 滝沢馬琴の墓所
馬琴の墓の後ろに、文字を教えながらの口述筆記をした長男の妻であった路女の墓もあります。

次のコースB-2-02本郷の坂と文芸人たちを見る

CATEGORIES

B:明治から昭和初期の東京

コース経路

Start半蔵門線清澄白河駅A3→→半蔵門線清澄白河駅A3→→JR西日暮里駅2→→JR西日暮里駅2→→銀座線末広町駅3→→新宿線九段下駅3b→→JR信濃町駅→→JR信濃町駅→→丸の内線茗荷谷駅2→→End丸の内線茗荷谷駅2

ウォーキング距離と歩数

8km 12300歩