東京街歩きコース内容

東京街歩き 119散歩コース&マップの詳細内容

B-1-05 財閥の創始者 三井高利と岩崎弥太郎

伊勢から江戸に上った三井高利は1673年に越後屋三井呉服店(三越)を開業し、店前売りと現金安売掛け値なしを掲げ成功し、幕府の御用商人となりました。その後両替商(三井銀行)としても事業を伸ばし多角的に展開していきました。

一方、三菱を起こした岩崎弥太郎は坂本龍馬と同じ土佐の位の低い浪人でした。明治に入り、弥太郎は1873年立ち上げた三菱商会を基に、海運、造船、鉄道や貿易と時代の流れに合わせて次々と事業を展開し政商として台頭しました。

三井が歴史ある旧家なのに対して、岩崎は明治期に政商として暗躍し巨万の利益を得たという対比ができます。この二人に焦点を当て、東京での足跡を辿ります。

三井本館、日本橋三越本店はブログ「日本橋ぶらり歴史散歩-2 (続き)」の実際の街歩きレポートに収録されていますので、是非参照してください。リンクをクリックすると別ウインドーで開きます。

主な史跡抜粋

三囲神社
三井家では享保年間に三囲神社を江戸における守護社と定めました。三囲神社の“囲”の文字に三井の“井”が入っているため、「三井を守る」と考えたといいます。
三囲のライオン像
池袋三越店に設置されていたもので、閉店に伴い寄贈を受けたものです。
顕名神社
没後100年を経過した三井家当主夫妻が 神として合祀されており、三囲神社の一角に鎮座しています。珍しい三本柱の鳥居があります。

三井本館
1929年(昭和4年)に竣工の昭和初期の日本を代表する重厚な洋風建築です。関東大震災の教訓からその2倍の地震にも耐えることができるように作られました。財閥の中核企業がこぞって本社を構え、また團琢磨暗殺事件(血盟団事件)の現場でもあります。
三井記念美術館 (外観のみ)
江戸以来約350年におよぶ三井家が収集した文化遺産が展示されています。改修工事のため2022年4月まで休館中。

日本橋三越本店
「三越」は、三井家の「三井」と創業時の「越後屋」からとったもので、1904年に改称され日本の百貨店の始まりとされます。1935年(昭和10年)に完成、威容を誇り、当時は「国会議事堂」「丸ビル」に次ぐ大建築物でした。
ライオン像
1914年(大正3年)に作られた2頭のライオン像。ロンドンのトラファルガー広場にある獅子像がモデルです。

三菱一号館美術館 (外観のみ)
丸の内最初の洋風貸事務所建築として1894年(明治27年)に建てられた旧三菱一号館を2010年に復元したもの。

明治生命館
三菱第2号館に隣接して1934年(昭和9年) に竣工。戦後、GHQに接収されアメリ 極東空軍司令部として使用されました。

清澄庭園(有料)
旧岩崎家深川別邸 涼亭
1878年(明治11年)荒廃していた邸地を三菱創業者の岩崎弥太郎が買い取り庭園として造成しました。

岩崎家本邸
三菱財閥岩崎家の茅町本邸だった建物とその庭園。三菱第三代当主岩崎久弥によって1896年(明治29年)に竣工したものです。

三菱経済研究所付属三菱史料館
三菱史料館は、1996年(平成8年)に三菱の歴史に関する史料を収集・保存・公開しています。無料で閲覧できますが、ちょっと堅くて敷居が高そうです。

六義園(有料)
六義園は徳川5代将軍・徳川綱吉の側用人・柳沢吉保が、自らの下屋敷として造営した大名庭園です。明治初年に三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎が六義園を購入し、維新後荒れたままになっていた庭園を整備しました。都内を代表する日本庭園として有名です。

岩崎弥太郎の墓所(非公開 門のみ)
1885年(明治18)、50歳で急逝。三菱重工染井社宅そばの社有地にあります。現在 一般的に公開されていません。正面の門のみ見学します。

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CATEGORIES

B:明治から昭和初期の東京

コース経路

Start東武伊勢崎線スカイツリー駅東改札→→銀座線浅草駅4→→銀座線三越前A7→→千代田線二重橋前駅2→→半蔵門線清澄白河駅A3→→半蔵門線清澄白河駅A3→→大江戸線上野御徒町駅A3→→大江戸線本郷三丁目駅4→→南北線駒込駅2 →→End JR巣鴨駅北口

ウォーキング距離と歩数

16km 24600歩