東京街歩きコース内容

東京街歩き 119散歩コース&マップの詳細内容

B-1-04 日本資本主義の父 渋沢栄一

幕末期に一橋慶喜に仕え、パリ万国博に随行してヨーロッパ各国を訪問、産業革命後のヨーロッパ各国の諸制度などを研究しました。

明治維新後は大蔵省高官を経験した後に実業界に転じて1873年(明治6)に日本最初の銀行(現みずほ銀行)を創設し頭取に就任。その後は東京ガス・東京海上火災保険・秩父セメント・帝国ホテル・東京証券取引所・キリンビールなど500を超える企業・団体の設立に関わりました。教育・社会公共事業の支援、民間外交にも尽力し 1931年(昭和6年)に91歳の生涯を閉じました。日本資本主義の父と呼ばれている渋沢栄一の東京での足跡を辿ります。

渋沢栄一像はブログ「日本橋の史跡、ぶらり歴史散歩 -1」、青淵渋沢栄一墓、徳川慶喜の墓所は「谷中霊園に眠る有名人-2 (東京墓マイラー)」の実際の街歩きレポートに収録されていますので、是非参照してください。リンクをクリックすると別ウインドーで開きます。

主な史跡抜粋

渋沢栄一宅跡
澁澤倉庫発祥の地
福住稲荷神社
1897年(明治30年)この深川の自邸内の土蔵群を中心として渋沢家直轄事業として澁澤倉庫部を創業しました。当時、米穀物流の仕組みが損なわれ、栄一はその再建に奔走し、第一銀行頭取のまま日本初の倉庫業を興しました。糸巻きを図案化した社章は現在も使われています。

旧第一国立銀行(みずほ銀行兜町支店)
銀行発祥の地碑 説明板
渋沢栄一は大蔵省退官後の1873年(明治6年)に日本最初の銀行、第一国立銀行(旧第一勧銀 現みずほ銀行)を創設し、頭取に就任しました。

渋沢栄一邸宅跡(日証館)
明治21年、兜町に辰野金吾の設計による邸宅が建てられました。1928年(昭和3年)、跡地に東京株式取引所によって日証館が建設され現存しています。

渋沢栄一像
1933年(昭和8年)に建立、戦時中の金属提供で一度は撤去されましたが再び朝倉文夫により1955年に再建されました。

渋沢栄一旧飛鳥山邸跡
旧渋沢庭園
渋沢栄一の銅像
渋沢史料館 (有料)
青淵文庫
晩香廬
飛鳥山邸は1901年(明治34年)から亡くなる1931年(昭和6年)までは本邸として生活をしていました。曖依村荘とも呼ばれ、単なる私邸にとどまらず、国内外からの賓客を迎えるなど栄一の活動拠点でした。大正時代には、喜寿を記念して贈呈された晩香廬、傘寿と子爵昇進を祝して青淵文庫が造られています。

谷中霊園
青淵渋沢栄一墓石
1931年(昭和6年)、王子飛鳥山邸で死去しました。享年92歳。青淵は栄一の雅号です。
徳川慶喜の墓所
徳川慶喜の墓所も同じ谷中霊園にあり、渋沢栄一の墓は仕えていた徳川慶喜の墓の方向を向いています。谷中霊園近くの見どころは、徳川御三卿の墓所 円地文子 森繁久彌 横山大観 鳩山一郎の墓所などです。コースF-1-01東京墓マイラー谷中霊園を参照ください。

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CATEGORIES

B:明治から昭和初期の東京

コース経路

Start東西線門前仲町駅3→→東西線門前仲町駅3→→東西線日本橋駅D2→→JR東京駅日本橋口B8b→→JR王子駅中央口 →→JR王子駅南口→→JR日暮里駅南改札口→→End JR鶯谷駅北口

ウォーキング距離と歩数

8km 12300歩