東京街歩きコース内容

東京街歩き 119散歩コース&マップの詳細内容

B-1-03 明治の重鎮 乃木希典と東郷平八郎

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富国強兵を突き進んだ日本は南下政策をとるロシアと朝鮮半島、満州の権益をめぐり1904年(明治37年)に日露戦争で衝突。陸軍と海軍の二人の軍人が日露戦争を勝利に導きました。

東郷平八郎率いる連合艦隊は旅順に向かうバルチック艦隊と日本海海戦で激突し、歴史的な勝利を納めました。一方、乃木希典率いる第3軍は旅順攻略のため旅順港内を一望できる203高地を激戦により占領し、ロシア軍旅順要塞司令官 ステッセル中将に降伏を決意させました。世界を驚かせ日本を強国へ押し上げた二人の軍人、東郷平八郎と乃木希典の東京での足跡を巡ります。

乃木希典陸軍大将の墓所はブログ「青山霊園に眠る有名人-1 (東京墓マイラー)」の実際の街歩きレポートに収録されていますので、是非参照してください。リンクをクリックすると別ウインドーで開きます。

主な史跡抜粋

学習院大学
明治天皇は、皇孫(昭和天皇)が学習院に入学することから乃木を指名し、1907年(明治40年)に乃木は学習院長に就任しました。
乃木館
乃木大将経営榊壇
乃木は全寮制を布き、学生と寝食を共にして指導。居室であった総寮部は「乃木館」として現在も保存されています。

乃木大將生誕之地
1849年(嘉永2年)、長府藩上屋敷(毛利甲斐守邸跡、現六本木ヒルズ)に生まれました。碑は昭和7年に設置され、ここに移設されました。

乃木坂
江戸時代には幽霊坂と呼ばれていました。1912年(大正元年)、乃木希典大将の殉死を悼み乃木坂と改名されました。名前の由来碑、ジャニーズ事務所があります。

乃木神社
乃木夫妻の忠誠心に感激した国民は次々と乃木邸を訪れたのを契機に1923年(大正12年)に乃木神社が創建されました。
旧乃木邸
マッカーサーの植樹
馬小屋
乃木大将と辻占売り少年像
1912年(大正元年)、明治天皇の大喪儀当日に乃木希典と妻・静子が自邸にて天皇に殉じて自刃しました。連合国軍最高司令官マッカーサーは着任後、旧乃木邸に花水木を記念植樹し、乃木に敬意を表わしました。

青山霊園 乃木希典陸軍大将の墓所
一緒に殉死した静子夫人とともに眠っています。墓石は自然の石を組み合わせた質素なものです。(墓自体は非公開です) 青山霊園の墓所の見どころは多いです。コースF-1-01東京墓マイラー1を参照して立ち寄ってください。

東郷元帥記念公園
東郷元帥記念公園は東郷元帥の私邸跡地の寄贈を受けて、もとからあった公園と一体化して整備したものです。ライオンの像は邸宅内にあったものです。東郷元帥は明治14年から亡くなる昭和9年までの53年間を過ごしました。隣接した現在の九段小学校は、元帥を記念して昭和9年から東郷小学校と呼ばれていました。

東郷神社
東郷平八郎が1934年(昭和9年)に亡くなると、全国から海軍省に神社創建の献金が相次ぎ、戦災を経て1964年(昭和39年)に社殿が完成しました。このコースに入れませんでしたが、東郷平八郎の墓所は多摩霊園にあります。コースF-1-03東京墓マイラー3多摩霊園で訪れますので参照ください。

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CATEGORIES

B:明治から昭和初期の東京, G:Freeダウンロード

コース経路

Start JR目白駅→→大江戸線六本木駅6→→半蔵門線青山一丁目駅3→→有楽町線市ヶ谷駅2→→有楽町線市ヶ谷駅2→→JR原宿駅竹下口→→End JR原宿駅竹下口

ウォーキング距離と歩数

10km 15400歩