東京街歩きコース内容

東京街歩き 119散歩コース&マップの詳細内容

A-4-03 江戸四宿 中山道 板橋宿を歩く

板橋宿は中山道六十九次のうち日本橋から数えて最初の宿場でした。また川越街道は平尾宿を起点としており平尾追分と呼ばれていました。

江戸四宿の一つとして栄えた板橋宿はそれぞれに名主が置かれた上宿、仲宿、平尾宿の総称です。宿場には茶屋や酒楼はもちろん飯盛旅籠も多くあり、旅人のみならず宿場女郎目当ての客なども取り込んで賑わいを見せ、1840年頃の天保年間の宿内人口は2,448人、旅籠は54軒あったとあります。このコースでは志村一里塚に立ち寄り、旧中山道を上りながら板橋宿を通り抜け、巣鴨の妙行寺までを歩きます。

主な史跡抜粋

志村一里塚
2基一対の塚の石垣と榎がほぼ完全な形で保たれており、最も保存状態のよい一里塚跡の一つとして知られています。

縁切榎
江戸時代から悪縁を切ってくれるというので崇敬を集め、板橋宿の名所でした。皇女和宮の江戸入りの際は縁起が悪いとのことで迂回したといいます。

板橋
上宿と仲宿の境の石神井川に架かる「板橋」という橋が架かっています。この板橋が地名の由来となりました。

仲宿本陣跡
本陣には、参勤交代で通行した大名や、幕府の公用の武士、僧や公家などが休憩しました。屋敷の当主は、代々飯田新左衛門を名乗りました。

氷川神社 富士塚
富士塚は江戸期(1855年)に造立されたもので、山頂には木花咲夜姫の碑があります。

文殊院 遊女の投げ込み寺
1625年(寛永2年)延命地蔵を祀るお堂を 寺院としたのが始まり。板橋宿本陣を勤めた飯田家の菩提寺で、遊女を弔ったお墓があります。

板橋宿本陣跡
飯田新左衛門家が務めた本陣跡。皇女和 宮は江戸城に入る前夜をここで過ごしたといいます。失火によって焼失して碑のみがあります。

遍照寺 馬頭観音
江戸以前の創建とされ、宿場の馬つなぎ場となって多くの馬が常備され、ここで開かれる馬市がありました。1798年(寛政10年)に建立の馬頭観音像が馬市の名残を留めています。

平尾宿脇本陣跡
豊田家は平尾宿の名主と脇本陣を兼ねた地元の旧家で、この地に豊田市右衛門家の屋敷がありました。

観明寺 加賀藩主前田家の山門と稲荷
1338年(建武5年)の板碑から室町時代初期の創建。1661年建立の庚申塔は都内最古の一つです。山門と豊川出世稲荷堂は加賀藩下屋敷より移築したものです。

近藤勇の墓
永倉新八が発起人となり明治9年に建てられた墓です。函館で戦死した土方歳三をはじめ新撰組隊士と共に墓が建てられています。

西方寺 新吉原の高尾大夫の墓所
移転前は吉原に近く遊女の投げ込み寺でした。その名残りで二代目高尾太夫の墓があります。

妙行寺
瑤泉院の供養塔
四谷怪談お岩の墓所
1604年(慶長9年)に麹町清水谷にて創建。1909年(明治42 年)に当地に移転しました。他にうなぎ供養塔、魚がし供養塔、浄行様があります。

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CATEGORIES

A:江戸と呼ばれた東京

コース経路

Start三田線志村坂上駅A2→→End三田線西巣鴨駅A4

ウォーキング距離と歩数

9km 13800歩