東京街歩きコース内容

東京街歩き 119散歩コース&マップの詳細内容

A-2-05 下町を歩く-5 日本橋 銀座 商業の町

日本橋は町人文化の中心地、下町を代表する地域でした。また五街道の起点として江戸における交通・物流の要所でもありました。近代以降も金融・商業の中心で、日本銀行をはじめとした重要文化財の建築が多く残っています。

一方、銀座の由来は江戸時代に設立された銀貨幣の鋳造所にあります。当時の銀座は御用達町人の町として発展した」「職人の町」でした。明治以降はガス燈、煉瓦街がいち早く銀座通り沿いに完成し、商業地として日本橋を凌ぐまで発展してきました。このコースは日本橋、京橋から銀座を歩き新橋まで、江戸と明治にフォーカスし、その時代の痕跡を探します。

このコースの一部は、ブログ「日本橋の史跡、ぶらり歴史散歩-1」「京橋の史跡、ぶらり歴史散歩」に実際の街歩きレポートがありますので、是非参照してください。リンクをクリックすると別ウインドーで開きます。

主な史跡抜粋

佐々木印店
1643年(寛永20年)に幕府御用達のご印判師となって以来、歴代将軍、御三家の印章を製作してきました。

長崎屋跡
長崎屋という薬種屋があり、シーボルトなどの長崎のオランダ商館長の将軍拝謁の際の定宿でした。平賀源内はじめ蘭学者たちが訪問しました。

千疋屋
創業は1834年の徳川家御用達の水菓子(果物)処でし た。高級贈答品して果物専門店の地位を築きました。

にんべん本店
1699年(元禄12年)に創業の鰹節や塩干の問屋。伊勢屋伊兵衛を名乗り「イ」の字の暖簾を掲げ「にんべん」と称しました。

三井本館
1929年(昭和4年)に越後屋跡地に三井財閥の本拠として建てられました。團琢磨暗殺(血盟団事件)の現場でもあります。

日本橋三越 ライオン像
1935(昭和10年)に竣工。当時は国会議事堂、丸ビルに次ぐ大規模ビルでした。元々は1673年(延宝元年)「現銀掛値無し」など画期的な商法を次々と打ち出した呉服店の「越後屋」。「三越」は三井家と創業時の越後屋からとったものです。

日本銀行 本店本館
辰野金吾設計で1896年(明治29年)竣工しました。ベルギー国立銀行を参考にした明治の近代建築を代表するビルです。

渋沢栄一像
近代日本資本主義の父と呼ばれた渋沢栄の像です。一朝倉文夫の製作により1955年に再建されました。

日本国道路元標(複製)
日本橋魚河岸跡
日本橋麒麟像
現在の日本橋は1911年(明治44年)に完成。日本の道路元標があり、道路網の始点となっています。江戸以来、20代目の橋に当たるとされます。

名水白木屋の井戸
白木屋は越後屋と並ぶ呉服の大店でした。店内に井戸を掘ると観音像とともに清水が湧き出したといいます。

北町奉行所跡
1805年(文化2)設立されました。遠山の 金さん(遠山左衛門尉景元)も3年間ここで奉行を務めました。江戸城外堀の石垣も残っています。

山本山
創業は1690年(元禄3年)。幕府本丸御用茶師となり、宇治茶の煎茶で財を成し、海苔も扱うようになった。

日本橋高島屋
本館は1932年(昭和8年)に完成。1階吹き抜けには大理石が用いられ、全館冷暖房を採用しました。

地図御用所跡 伊能忠敬終焉の地
忠敬の居住地だけではなく測量図を作成するための地図御用所として利用されました。忠敬死去後の1821年門弟らにより大日本沿海輿地全図が完成しました。

江戸歌舞伎発祥の地
江戸歌舞伎は1624年(寛永元年)に中村座の初代中村勘三郎が中橋南地で櫓をあげたのが始まりとされています。

和光本館
1932年竣工のネオルネサンス調ビル。時計塔は銀座のシンボルになりました。時計台の鐘楼はウェストミンスターの鐘音を鳴らします。

旧新橋停車場 鉄道歴史展示室
1872年(明治5年)、新橋-横浜間に日本初の鉄道が開通しました。この新橋停車場の駅舎を同じ位置に再現されました。

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CATEGORIES

A:江戸と呼ばれた東京

コース経路

StartJR新日本橋駅4→→End銀座線新橋駅2

ウォーキング距離と歩数

14km 21500歩