東京街歩きコース内容

東京街歩き 119散歩コース&マップの詳細内容

A-2-03 下町を歩く-3 門前仲町 清澄白河

この一帯は「深川」と呼ばれ、徳川家康の江戸入府の頃は干潟で漁師町でした。1657年の明暦の大火後に両国橋が架けられたことで急速に都市化して新興住宅地となり、紀伊国屋文左衛門、芭蕉、伊能忠敬など多くの有名人が住んでいました。

門前仲町は文字通り富岡八幡、旧永代寺(現深川不動堂)の門前町として栄えました。因みに「深川」とは徳川家康の命により開拓者の姓を地名にしたのが由来とか。清澄のシンボルともいえる清澄庭園をはじめ、 江戸の有名人の足跡もたどりながら、江戸の佇まいを色濃く残す深川を歩きます。

主な史跡抜粋

長慶寺 芭蕉翁句塚跡
境内に発句塚、時雨塚、短冊塚の「芭蕉翁句塚跡」がありましたが戦災で失われ、台石のみが残っています。

深川神明宮
慶長年間(1596年-1615年)に創建。徳川家康より開拓をした八郎右衛門の姓である「深川」を地名にせよと命じられたのが深川の地名由来です。

芭蕉記念館(有料)
芭蕉ゆかりの地に開館しました。発見された芭蕉遺愛の石蛙など、芭蕉に関するものが展示されています。

芭蕉庵史跡展望庭園
芭蕉の坐像があります。隅田川と小名木 川に接し隅田川を一望する景色が展望できます。坐像は夜間回転しライトアップされます。

芭蕉稲荷神社
この地が芭蕉庵跡、「芭蕉翁古池の跡」とされている。御神体は石蛙。この芭蕉庵を拠点に「奥の細道」を残しました。

川船番所跡
ケルンの眺め碑
萬年橋
赤穂浪士は討ち入り後、清洲橋東詰めを通り、この萬年橋を渡り永代橋方面へと向かいました。

平賀源内電気実験の地
1776年(安永5年)、源内は破損したエレキテルを長崎で入手し、この地で日本で初めてエレキテルの復元修理に成功しました。予備知識はなかったといいます。

清澄庭園(有料)
1878年(明治11年)荒廃していた邸地を三菱創業者の岩崎弥太郎が買い取り庭園として造成しました。
大正記念館
旧岩崎家深川別邸 涼亭
「古池の句」碑
古池の句碑は芭蕉庵の改修の際、場所が狭いため、この場所に碑を移したそうです。

臨川寺 芭蕉由緒の石碑群
玄武仏碑、梅花仏碑、墨直しの碑、芭蕉由緒の碑が残 され〝芭蕉ゆかりの寺〟で知られています。

深川江戸資料館(有料)
江戸時代(天保年間頃)の深川佐賀町の街並みを再現した展示をしている資料館です。なかなか秀逸です。

霊巌寺 地蔵菩薩坐像(江戸六地蔵)
1717年(享保2年)に鋳造された江戸六地蔵の5番目が安置されています。霊巌寺は1624年(寛永元年)の創建。寛政の改革を行った松平定信の墓をはじめ、多くの大名の墓があります。

成等院 紀伊国屋文左衛門之碑
紀州みかんを江戸に運び、帰りに塩鮭を上方に運んで富を築いたという話は有名です。(非公開ですが外から見えます)

間宮林蔵の墓所
伊能忠敬に測量技術を学び1811年樺太が島である事を 確認し間宮海峡を発見したことで知られています。

採荼庵跡
芭蕉は1689年(元禄2年)に、隅田川を遡り「奥の細道」の旅に出発したのがこの採茶庵からでした。

渋沢栄一宅跡
36歳から48歳(1876~1888年)まで当地に本邸を構えていました。2023年に江東区に復元予定だそうです。

伊能忠敬住居跡
50歳を過ぎてから深川に住まいを移し、ここから測量の旅に出かけたました。

富岡八幡宮
1627年(寛永4年)創祀の江戸最大の八幡宮。徳川将軍家の保護を受け周囲には門前町(門前仲町)が形成され発展しました。
富横綱力士碑
八幡橋(旧弾正橋)
天皇陛下御野立所 東京大空襲
伊能忠敬像
忠敬は測量の旅に出かける時には富岡八幡宮に道中の安全を祈願したといいます。

次のコースA-2-04上野 下谷 寛永寺と門前町を見る

CATEGORIES

A:江戸と呼ばれた東京

コース経路

Start大江戸線森下駅A4→→End東西線木場駅

ウォーキング距離と歩数

13km 20000歩