東京街歩きコース内容

東京街歩き 119散歩コース&マップの詳細内容

A-1-13 幕末の志士 榎本武揚

榎本武揚は昌平坂学問所に学んだのち、1857年長崎海軍伝習所で勝海舟らに軍艦の操縦や航海術を学び、江戸の軍艦操練所の教授を勤めました。5年間オランダに留学し、帰国後に幕府の軍艦頭になっています。

戊辰戦争が始まると幕府軍は敗走します。武揚は徹底抗戦を主張し、軍艦開陽丸で函館に向かい土方歳三らと五稜郭に立てもこりますが、捕らえられて投獄されました。

敵将であった黒田清隆の猛烈な助命嘆願により釈放され、以降明治政府で大臣の要職を歴任しました。このコースでは、江戸での榎本武揚の足跡を辿ります。

主な史跡抜粋

榎本武揚像
1913年(大正2年)に旧幕臣の提唱で晩年のゆかりの地の向島に建立されました。大礼服姿で右手に帽子、左手にはサーベルを持つ堂々たる姿です。

榎本武揚旧居跡
1905年(明治38)から没する1908年(明治41年)までこの地で暮らし、墨堤を馬で毎日散歩する姿が見られたといいます。

軍艦操練所跡
江戸幕府が幕末に海軍士官の養成のために築地に設置しました。榎本武揚は長崎海軍伝習所で学んだのち、軍艦操練所の教授を務めました。

青山霊園 黒田清隆の墓所
旧幕府軍との最後の戦い箱館戦争の総指揮を執りました。戦後、榎本武揚の助命を訴えて釈放につなげました。近隣にある墓所は、大久保利通 池田勇人 志賀直哉 斎藤茂吉 中江兆民など。

湯島聖堂 昌平坂学問所跡
1690年(元禄3年)綱吉により湯島に聖堂が創建されました。100年後の1797年(寛政9年)、幕府直轄として昌平坂学問所が開設されました。榎本武揚は1851年-1853年に昌平坂学問所で学んでいます。1855年(安政2年)には再入学しています。

吉祥寺 榎本武揚の墓所
吉祥寺は1458年の開祖。明暦の大火によって駿河台から現在の駒込に移転しました。武蔵野市吉祥寺は駿河台に住んでいた人たちが移り住んだことからつけられました。榎本武揚は1905年(明治38年)海軍中将を退役となり、1908年(明治41年)に73歳で死去し、海軍葬が行われました。

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CATEGORIES

A:江戸と呼ばれた東京

コース経路

Start東武伊勢崎線鐘ヶ淵駅西口→→東武伊勢崎線曳舟駅→→日比谷線築地駅1→→日比谷線築地駅1→→千代田線乃木坂駅6→→銀座線外苑前駅4a→→丸の内線御茶ノ水駅1 →→丸の内線御茶ノ水駅1→→南北線本駒込駅2→→End 南北線本駒込駅2

ウォーキング距離と歩数

9km 13800歩