東京街歩きコース内容

東京街歩き 119散歩コース&マップの詳細内容

A-1-11 幕末の騒乱 安政の大獄 桜田門外の変

1859年安政の大獄、1860年桜田門外の変、続いて1862年坂下門外の変…、政治対立が先鋭化して江戸の町が騒然としてきました。いよいよ幕末です。

将軍後継、条約締結など井伊直弼の強引な政治に多くの人たちが反発。反対勢力を安政の大獄によって粛清、その報復で桜田門外の変で暗殺されてしまいました。弱体化した幕府は公武合体を試みますが、さらに軋轢が深まり明治維新に繋がります。

安政の大獄で犠牲になった吉田松陰、暗殺された井伊直弼を中心にゆかりの地、事件現場を歩きます。

十思公園の吉田松陰終焉の地、小伝馬町牢屋敷跡はブログ「江戸のお裁きシステムを辿る」の実際の街歩きレポートに収録されていますので、是非参照してください。リンクをクリックすると別ウインドーで開きます。

主な史跡抜粋

豪徳寺
井伊直弼の墓所
桜田殉難八士之碑
1633年(寛永10年)、彦根藩主 井伊直孝が井伊家の菩提寺として伽藍を創建し整備しました。招き猫で有名です。桜田門外の変で井伊直弼を警護して殉死した彦根藩士8名の慰霊碑があります。

松陰神社
吉田松陰の墓所
吉田松陰先生像
松下村塾 (模造)
1882年(明治15年)、門下の人々によって松陰の墓の側に松陰を祀る神社を創建しました。小塚原 回向院にあった松陰の墓が門人によって改葬されました。神社の26基の燈籠には伊藤博文、木戸孝正、山縣有朋、桂太 郎、乃木希典、井上馨などの名前が刻まれています。

愛宕神社 桜田烈士遺跡碑
桜田門外の変で井伊直弼を襲撃する水戸浪士が決行前に集合した場所です。また、ここは勝海舟が西郷隆盛に江戸の街並みを見せ江戸城無血開城に繋がった場所でもあります。

国会前庭 彦根藩井伊家上屋敷跡
井伊掃部頭邸跡(加藤清正邸)
大老井伊直弼はこの屋敷から外桜田門へ向かう途中、水戸浪士らに襲撃されました。

江戸城 桜田門
1860年(安政7年)に水戸藩浪士らによる大老 井伊直弼の暗殺、桜田門外の変の事件現場です。

江戸城 坂下門
1862年(文久2年)に老中 安藤信正が水戸浪士によって襲撃され負傷した、坂下門外の変の事件現場です。

十思公園 吉田松陰終焉の地
大安楽寺 江戸伝馬町処刑場跡の碑
小伝馬町牢屋敷展示館
1859年(安政6年)、安政の大獄により吉田松陰はこの地で最期を迎えました。 辞世の句を碑がたてられています。伝馬町処刑場では安政の大獄により吉田松陰、橋本左内、頼三樹三郎などが斬首されました。展示館では伝馬町牢屋敷跡の内部の精密模型を展示しています。使われていた上水井戸と上水木桶の遺構もあります。

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CATEGORIES

A:江戸と呼ばれた東京

コース経路

Start東急世田谷線宮の坂駅→→東急世田谷線松陰神社前駅→→銀座線虎ノ門駅B6→→End日比谷線小伝馬町駅

ウォーキング距離と歩数

13km 20000歩