東京街歩きコース内容

東京街歩き 119散歩コース&マップの詳細内容

A-1-07 江戸のお裁きシステム

TVや小説での捕物の世界では、奉行所を頂点に八丁堀の与力や同心、小伝馬町の牢獄…といったお馴染みの言葉が沢山あります。

奉行・火付盗賊改方などの補佐にあたったのが与力で、八丁堀に屋敷が与えられていました。 伝馬町牢屋敷は犯罪人の収監、死刑の執行までする拘置所に近い性質でした。収容者の総数は大体300から400人程度だったようです。

このコースは奉行所、八丁堀、小伝馬町を歩いて距離感を実感しながら、江戸のお裁きに想像を膨らませることができます。

このコースは、ブログ「江戸のお裁きシステムを辿る」に実際の街歩きレポートがありますので、是非参照してください。リンクをクリックすると別ウインドーで開きます。

主な史跡抜粋

伝馬町牢屋敷跡
高野長英や吉田松陰らも収容されていました。1875年(明治8年)に市ヶ谷監獄が設置されるまで使用されていました。

吉田松陰終焉の地
安政の大獄により吉田松陰はこの地で最期を迎えました。 辞世の句の碑がたてられています。

石町時の鐘
1711年(宝永8年)に鋳造された日本橋石町に設置されていました。処刑が行われる日には鐘を撞く時間を少し延ばして、処刑を遅らせたといいます。

大安楽寺 江戸伝馬町処刑場跡の碑
吉田松陰・橋本左内・頼三樹三郎などが投獄され、その多くが処刑された場所です。

十思スクエア 小伝馬町牢屋敷展示館
伝馬町牢屋敷跡の内部の精密模型を展示しています。使われていた上水井戸と上水木桶の遺構もあります。

八丁堀の与力・同心組屋敷跡
捕物帳で庶民から「八丁堀の旦那」と呼ばれた、町奉行配下の与力・同心の町でした。

北町奉行所跡
1805年(文化2)設立されました。遠山の金さん(遠山左衛門尉景元)も3年間ここで奉行を務めました。江戸城外堀の石垣も残っています。

南町奉行所跡
名奉行と言われた大岡越前守忠相が手腕をふるった場所です。発掘調査で下水溝や井戸などが出土し穴蔵(地下室)が復元展示されています。由緒ある場所なのに、何と配電盤が碑の代わりになっています。

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CATEGORIES

A:江戸と呼ばれた東京

コース経路

Start 日比谷線小伝馬町駅エレベータ口→→End JR 有楽町駅 11

ウォーキング距離と歩数

8km 12300歩