東京街歩きコース内容

東京街歩き 119散歩コース&マップの詳細内容

A-1-06 江戸の蘭学者たちの足跡

杉田玄白が1812年(文化9年)の蘭学事始に書いたように、玄白、前野良沢らによる解体新書の翻訳、出版から蘭学が始まりました。オランダ医学を日本に伝えたのはシーボルトのような長崎出島のオランダ商館の医師たちで、蘭学は江戸町民にも広がりを持つようになりました。

一方で高野長英、渡辺崋山らが幕府を批判したことから、1839年(天保10年)に起きた蛮社の獄では蘭学者に対して言論弾圧、拷問が行われたという暗い側面も持っています。

江戸、東京に残るこうした蘭学者たちの痕跡を探して、都内を縦横に歩き回るコースです。

シーボルトの胸像と蘭学事始の地はブログ「築地のぶらり歴史散歩」の実際の街歩きレポートに収録されていますので、是非参照してください。リンクをクリックすると別ウインドーで開きます。

主な史跡抜粋

シーボルトの胸像
蘭学者の前野良沢、杉田玄白らは1774年 (安永3年)、この地(中津藩奥平家)で「解体新書」を出版しました。

蘭学事始の地
1823年、長崎から江戸に来たシーボルトは江戸の蘭学者たちに面接指導し大きな影響を与えたました。

小塚原 回向院
観臓記念碑
小塚原刑場跡
1667年(寛文七年)、本所回向院の住職弟誉義観が行路病死者や刑死者の供養のために創建しました。杉田玄白と前野良沢が死刑人の腑分けを見学し、解体新書翻訳のきっかけとなった記念碑です。

総泉寺 平賀源内の墓所
エレキテルなど発明家ですが、1779 年に殺傷事件を起こし小伝馬町の牢内で獄死しました。

平賀源内電気実験の地
1776年(安永5年)、破損したエレキテルを長崎で入手し、日本で初めてエレキテルの復元に成功しました。

栄閑院(猿寺) 杉田玄白の墓所
1817年(文化14年)、85歳で亡くなりました。

杉田玄白生誕の碑
若狭小浜藩酒井家下屋敷跡です。玄白は1733年(享保18年)、この下屋敷で生まれました。

高野長英 大観堂學塾跡
シーボルト事件の際には長英は巧みに難を逃れ、1830年(天保元年)町医者として蘭学塾「大観堂学塾」を開きました。

スパイラル 高野長英終焉の地
蛮社の獄で投獄されましたが、伝馬町炎上を機に逃亡、潜行しました。この地で捕まりそうになり自害しました。こうした史実と表参道スパイラルという現代ビルとの組合せが何とも面白いです。

善光寺 高野長英顕彰碑
高野長英の名誉回復を祈念した勝海舟の撰文による顕彰碑があります。戦災から1964年に再建されました。

次のコースA-1-07江戸のお裁きシステムを見る

CATEGORIES

A:江戸と呼ばれた東京

コース経路

Start日比谷線築地駅3b→→日比谷線築地駅3b→→日比谷線南千住駅南口→→日比谷線南千住駅南口→→日比谷線人形町駅A3→→半蔵門線清澄白河駅A3→→銀座線虎ノ門駅2→→銀座線虎ノ門駅2→→東西線神楽坂駅2→→東西線神楽坂駅2→→半蔵門線半蔵門駅1→→半蔵門線表参道駅B3 →→End半蔵門線表参道駅A3

ウォーキング距離と歩数

12km 18500歩